ここでは、労働問題とともに院長先生を悩ませる、クレーマーについて考えていきます。
応召義務は医師に犠牲を強いるものではありません
サービス産業では、購入希望者にとって「買う」「買わない」の自由があります。ですが医療の場合には、生命・身体の問題に直結するものであり、誰もが欲するものです。また、日本の保険制度の根底には、あらゆる人に適切な医療を提供するという崇高な理念があります。
医療というのは、本来的に医師と患者の共同作業として成立するものであるはずです。それがいつの間にか、医師が患者に過度に配慮をして萎縮するような場面が増えてきました。ここにクレーマー問題の闇があります。
商品の販売であれば、納得できない客に対しては「売らない」という判断をすることができます。誰と契約をするかは、当事者の判断にゆだねられています。しかし、公共的性格を有する医療の場合には、そういった裁量が制約されています。
それが、医師の前に立ちふさがる、いわゆる医師の応召義務と呼ばれるものです。
医師法第19条第1項には、「診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」と定められています。
正当な事由がなければ診察を拒否できませんが、この条文からでは、その正当な事由の具体的な意味が分かりません。
本来であれば、行政において「こういう場合には診察診療を拒否できる正当な理由がある」という明確な指針が出されるべきですが、その指針がないためクレーマーに対しても毅然とした対応ができなくなってしまっているのが実情です。
「現場の判断に任せる」というのは、聞こえはいいかも知れませんが、現場の混乱を招くだけです。応召義務があまりにも過剰に取り上げられているところに問題の本質があります。
では、実際に診察診療を拒否する際はどうすれば、いいのかを見ていきます。
診察拒否をする際はやり取りを記録する
そもそも、医師がクレーマーだと感じて診察を拒否したいと考えるのは相当な場合です。
例えば、「診察代の支払いが少し遅れている」といった程度で、「診察を拒否したい」ということは、あまりないかと思います。
医師が拒否したいのは、スタッフに繰り返しセクハラをする者や、他の患者さんの前で大声をあげ、威圧的な態度をとるような者のケースがほとんどだと思われます。
そういう場合には、診察を拒否することについて正当な理由があるとして、診察を拒否すべきです。
よく、「クレーマーには毅然とした態度で」という標語を目にしますが、毅然とは断ることにつきます。
事なかれ主義で曖昧な態度を示していたら、いつまでもクレーマーの要求が続いてしまいます。そして、いつの間にか、院長やスタッフが疲労困憊し、クレーマーの言われるがままとなってしまいます。
応召義務違反だけで具体的に責任を追及されたということはほぼありません。
ただし、注意をしておくことに越したことはありません。
診察を拒否する場合には、事後的に検証できるように、相手とのやり取りをできるだけ鮮明に記録化しておくことが必要です。
争いになるケースは、相手とのやり取りを事後的に検証できないので争いになるケースがほとんどです。
セクハラを「患者だから」でごまかさない
クリニックにおけるクレーマーといえば、受付で声を荒げる患者がイメージしやすいかも知れません。ですが、実際のところはそれだけではありません。
意外と多いものとして、患者から受けるスタッフのセクハラ被害があります。
当たり前ですが、セクハラは違法な行為であり、社会的に許されるべきものではありません。民間企業であれば、セクハラ被害の申し入れがあったときに、しかるべき対応を会社がしなければ、会社の責任が問われます。
これが、クリニックの場合だと少し様子が異なってきます。スタッフが院長や院長の妻に、特定の患者からセクハラを受けていると相談をしても、言葉を濁してよく分からない理由を付けて話をうやむやにしがちです。
あるクリニックでは、そういった院長の態度に業を煮やしたスタッフが「院長がセクハラに対して見て見ぬふりをする」と言い出し、労働問題に発展しかねない状態になったこともあります。
院長夫婦としては、あまり話を大きくしたくないといった意識があります。そのため「スタッフが少し耐えてくれれば」という安易な発想につながります。このような曖昧な姿勢が、スタッフからの信頼を失わせるのみならず、セクハラの加害者をさらに図に乗らせることになります。
院長にとってはクリニックにおけるひとつのトラブルかも知れません。しかし、被害者であるスタッフにとっては自分の人格に対する侵害行為です。セクハラは、その行為自体が違法です。加害者が年配であろうが患者であろうが関係はありません。
「それはセクハラ行為ですのでおやめください。繰り返すのであれば当方のクリニックでは対応できません」と院長が明確に伝えるべきです。
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証拠を確保して対応する
ただし、こういった対応をするためには、事前に加害者のセクハラ行為についての確証を得ておかなければなりません。
セクハラは、その性質から密行性をもって行われるため、証拠を確保することが簡単ではありません。仮に被害者が訴訟をしても、証拠が不十分ということで敗訴すれば、さらに屈辱を受けることになってしまいます。問題はどうやって証拠を確保するかです。
クリニック内で身体的接触を求めてくるときには、その場でスタッフに悲鳴をあげてもらうように指示をしておくのも有効な手段です。
被害に直面している女性スタッフは、院長が想像しているよりも声を出すことを躊躇しがちです。また、「声を出すことで加害者から逆恨みを受けるのではないか」「クリニックの平穏を壊すのではないか」という不安も抱きます。
だからこそ、院長がスタッフを守ることを明確に伝えたうえで、被害に遭ったときに遠慮なく声を出すように伝えておくべきです。「やめてください」でも「何ですか」でも何でもいいので、声さえあげれば注目が集まります。異常が生じたことが分かれば、院長としても現場に向かうことができます。何事も現場を押さえることが重要です。
また、担当するスタッフをあえて変更して、問題とされる患者の行動を観察するのもひとつの方法です。
こういったセクハラが発覚したときには、まずは口頭で注意することになります。すると、ほとんどのケースでは、そのクリニックに通わなくなります。さすがに自分のセクハラがわかったところに、あえて行きたいとは考えにくいです。女性スタッフにとっても安心できるでしょう。
とにかく、セクハラに対しては証拠を確保することが重要です。
クレーマーを特別扱いしてはなりません
病院勤務の場合には、ほとんどの場合クレームは事務局が処理をしてくれていたと思います。これがクリニックの院長になったとたん、自分で対応せざるを得なくなります。
受付スタッフには「うまく対応して」と指示するものの、うまくいかずに自分で対応することになることがあります。いつまでも同じことを繰り返すクレーマーの言い分に、内心うんざりしながらも「そうですね」と苦笑いを返し、何も決まらず時間ばかりが経過する。
クリニックではよく目にする風景であり。かつクレーマー対応として間違っている典型的な事例です。そもそも、スタッフへの「うまく対応して」という指示自体が間違っています。そのようなぼんやりとした指示で処理できるのであれば誰も苦労はしません。むしろ、クリニックの課題を特定のスタッフに背負い込ませてしまうことになり、労働問題にもなりかねません。
クレーマー対応はクリニックの問題であり、組織として対応するものです。個人で対応すると、特定のスタッフがクレーマーの標的になってしまいます。
クレーマーの要求内容は様々です。ですが、共通するのは、院長の都合に関係なく自分の要求を押し通すことです。クレーマーにとっては、自分の要求が直ちに実現すればいいのであって、他のことには興味はありません。ほとんどの患者は真摯に診察を受けているのに、わずか一握りの患者によってクリニックの平穏な時間が壊されてしまいます。
医師は、医師になるまでの過程で、いきなり根拠もなく罵声を浴びせられるような場面に出くわしたことなど普通はないかと思います。学校では成績優秀として位置づけられ、資格を取れば先生と呼ばれる。そういう環境のなかで育ったゆえに、クレーマーにたじろいでしまうのもある意味では仕方ありません。
そもそもクレーマー対応を体系的に学ぶような機会もありません。そのため、いざ声を荒げられると対処が分からず、取り敢えず相手の話を聞きます。聞くだけならいいのですが、事なかれ主義に陥ってしまい、クレーマーを特別扱いするようになってしまいます。
こういった特別扱いは絶対にやってはいけません。クレーマーは自分が特別扱いされていることがわかると、「この院長は自分の指示に従う」と本能的に理解して、さらに要求を高めてきます。そして、いつの間にか「今回限りの対応」が標準的な対応になってしまいます。
院長としても「自分が間違った対応をしている」ということを認めたくないばかりに、さらに要求に応じてしまうという状態に陥ってしまいます。
「もはや患者ではない」と決意する
患者を大事にするということは、患者の要求をありのまま受け入れることではありません。クレーマー対応におけるもっとも大事なのは、クレーマーは患者ではないと決意することです。不当な要求をする者まで患者として対応していたら、医師の体がいくつあっても間に合いません。スタッフのモチベーションにも影響します。何より医師を信頼する患者を裏切ることにもなります。
クリニックにおけるクレーマーは、たいてい自分が被害者であることを前提としています。
それゆえに対応が特に難しいです。実際には「弱い自分」を演出して、強気な態度に出ていることが圧倒的に多いです。
多くのまじめで優しい医師は、被害者であることを前面に出されると、根拠はなくとも「自分にも非があるのではないか」と不安になってしまいます。
こういうときこそ、本当に自分の行為に問題点があって被害が出ているのかを冷静に考えてみる必要があります。このとき、自分ひとりではなく、必ず大学で同期だった先生や、仲の良い先生、そして専門家といった冷静な第三者の意見を聞いたうえで考えるべきです。
ひとりで悩んでいると泥沼にはまってしまいます。
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