医療機関、とりわけ診療所においては、一般企業と比べて人事労務のトラブルが多い傾向にあります。例えば、職員を解雇する確率や給与をめぐってのトラブルが同規模の一般企業と比べて比較にならないほど高かったり、トラブルの前兆となる職員間の不和についても医療機関においてはよく見られる光景のように感じられます。
もちろん、こうしたことは地域や医療機関によって違いますが、一度何らかの人事労務に関するトラブルが職場内で発生すると、場合によっては強固なネットワークを築いている看護師など医療従事者の間で「○○クリニックはすぐに解雇される」とか「○○クリニックでは求人票と実際に支払われる給与額が違う」などといった悪評が瞬く間に広がることがあり、人材確保にマイナスの影響を与えるため、注意しなければなりません。
これらの問題の原因を分析すると、以下のような特徴がみられます。
開業時に人事労務面の重要性を十分認識していない
人事労務トラブルの多い医療機関については、その原因の一つとして、診療所開設時に人事労務面の重要性を十分に認識しないで開業していることがあげられるように思われます。
開業医の多くは、大病院で医師職として勤務しながら、細切れの時間を使い、開業コンサルタントを活用して診療所開設に向けた活動を行うケースが一般的です。まずは、計画通りに開業ができることを念頭に置きながら動いており、開業医によっては色々と深く考えることなく、開業コンサルタントの敷いたレールの上を走るように用意された書類に押印をするだけといったケースもあります。
そのような書類には、人事労務の要となるべき就業規則も含まれており、他の医療機関で実際に使用している就業規則をそのまま医療機関名のみすり替えて運用したり、なかには全く業種の異なる一般企業の就業規則を転用しているところすらあります。
もちろん、開業までの時間を考えると十分な時間を捻出することができないといった問題がありますが、他の医療機関や一般企業のルールが自分の医療機関において運用し難いものであることは明白であり、こうしたところから問題が発生したり、労使の意見対立が起こることに繋がります。
院長という存在に特殊性がある
小規模診療所の場合は、院長が事務長業を兼任せざるを得ないというのが実態であり、この点が同規模の一般企業と大きく異なります。一般企業では、たとえ10名規模の企業であっても社長の下に右腕なる者が存在するケースが一般的です。
ところが、小規模診療所の場合は、院長対すべての労働者といった構造となっていることから、経営者側の立場で考える職員は皆無に等しく、すべて院長が考えて決定していくことには必然的に限界が生じることになります。
特に、専門外の人事労務については、十分な知識などもないことから結果としてトラブルを大きくさせてしまいます。
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一定の資格者を雇用しなければならない環境
一般企業であれば、求人広告を掲載し、一定の実務経験を有して人物的に問題ないであろうという人を通常は採用していきますが、医療機関の場合は、特定の国家資格等を保有した者を雇用しなければならず、まずはそうした有資格者を探すところから始めなければなりません。
その点が一般企業と大きく異なり、また、全国的な看護師確保難も相まって求人側と求職側の認識に大きなズレが生じるようになってきていることが、さまざまなトラブルを誘発しているようにも思われます。
院長自身がコミュニケーション下手であることが多い
これは人にもよりますが、優れた医療技術やセンスを持っているもののコミュニケーションを図ることが得意でない医師職の方が少なくありません。そのため、常日頃から職員に対して注意や指導を行うことができず、職員の問題行動について「問題である」という認識を持ちながらもその都度注意をすることなく自分自身の中にため込んでしまい、いつの日かそれが爆発してしまい「解雇」してしまうケースがあります。
そのため、職員の立場にしてみたら、特に日々注意をされることなく勤務をしていたところ、いきなり解雇されたということになってしまい、これが不当解雇ではないかということでトラブルが大きくなってしまいます。
多くの場合、女性ばかりの職場である
職場内が女性ばかりで占められている点も一般企業と異なり特殊性があり、人事労務トラブルを増加させる原因となっていることがあります。職場にもよりますが、女性同士でグループや派閥を形成することは珍しくなく、仲良し同士の中で給与明細を見せ合ったり、集団抗議をしてくるなど一般企業ではあまりみられない光景が医療機関では頻繁に見られます。
これが良いことかどうかという問題は別にして、こうした特殊性も人事労務トラブルを誘発させている原因の一つとして考えてよいでしょう。
以上のように、医療機関、とりわけ診療所においてはさまざまな特殊性を理由に人事労務トラブルが発生しやすい状況であるといえます。これを最小限にするには、明確なルールを策定し、説明を求められても即答できるようにしておくことが、まず何よりも大事であることはいうまでもありません。
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