「懲戒」とは何かを再確認しましょう
職員が、服務規定を破ったり、何か不始末をした場合、クリニックはそれに対して、さまざまな形の処罰を行います。
このようなクリニックの人事を「懲戒」といい、懲戒をする権限を「懲戒権」といいます。
クリニックが組織としての秩序を保ち、職員がそれぞれの就業環境を妨げられないようにするためには、それを乱す職員にしかるべき罰を与えなくてはなりません。
したがって、懲戒権をクリニックが有するのは合理性のあることです。
判例でも、次のとおり、クリニック(判例では会社)の懲戒権を認めています。
労働者は、労働契約を締結して雇用されることによって、使用者に対して労務提供義務を負うとともに、企業秩序を遵守する義務を負い、使用者は、広く企業秩序を維持し、もって企業の円滑な運営を図るために、その運用する労働者の企業秩序違反行為を理由として、当該労働者に対し、一種の制裁罰である懲戒を課することができる(関西電力事件・昭和58年・最高裁)
懲戒権は何でもありではありません
だからと言って、クリニックは職員に、自由自在に懲戒処分をできるわけではありません。
労働契約法は、第15条で次のように定めています。
労働契約法第15条
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
つまり、懲戒処分が有効とされるには、次の2つの要件を満たしていなければならないのです。
- 客観的に合理的な理由があること
- 社会通念上相当であると認められること
懲戒処分を行うときのチェックポイント
では、具体的にどのようにすれば、クリニックの懲戒処分は有効になるのでしょうか。
ポイントは次の4点です。
- 就業規則などに定めがあること
- 懲戒処分の対象となった行為の均衡がとれていること
- 二重処分にならないこと
- 懲戒処分の手続きを遵守すること
これらは重要なので、それぞれ細かく見ていきます。
1.就業規則などに定めがあること
労働基準法はその第89条で、「表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項」を就業規則に定めなければならないと定めています。
つまり、「懲戒処分の対象となる行為」と「懲戒処分の種類・内容」を定めておかなければ、クリニックは懲戒処分をすることができないのです。
(1)懲戒処分の対象となる行為
まず、就業規則に「何をしたら懲戒処分の対象になるのか」を定めておかなくてはなりません。就業規則に定められていない行為を職員がやって、それを理由として懲戒処分をしても、法的には無効です。
そこで、就業規則に「無断欠勤○日以上」とか「故意または重大な過失でクリニックに損害を与えた」など、懲戒処分の対象になる行為を定めます。
ただし、起こりうる事象すべてを具体的に記載することは不可能ですから、ある程度抽象的な表現でも問題ありません。また、「その他前各号に準ずる行為のあったとき」という包括的規定も有効です。
(2)懲戒処分の種類・内容
次に、処分の種類も定めます。どのような処分を設けるかは、クリニックが任意に定めることができます。
ただし、実際に事案が発生してから、新たな処分を考えるということは許されません。何度もいうように就業規則に定められていない処分を課すことはできないので、あらかじめ、さまざまなレベルの処分内容を設定しておきましょう。
譴責、減給、出勤停止、降格、諭旨解雇、懲戒解雇などが一般的です。
2.懲戒処分と処分の対象となった行為の均衡がとれていること
軽微な違反行為に対して重い処分を課すことは、権利の濫用として無効となります。
ただし、軽微な行為であっても、それを繰り返した場合には1回目は軽い処分とし、2回目以降は、処分を重くしていくことは可能です。
3.二重処分にならないこと
同一の事案に対し、懲戒処分を2度にわたって課すことはできません。例えば、ある違反行為に対して減給をしたうえで出勤停止を課すのは無効です。
4.懲戒処分の手続きを遵守すること
就業規則等に懲戒処分を行う際の手続きが規定されている場合、それを遵守しなくてはなりません。もしそれを怠った場合は、職員による違反行為が重大なものであっても、懲戒処分が無効とされる可能性もあるので要注意です。
また、懲戒解雇のような重い処分を課す場合は、たとえ就業規則に定めがなくても、本人に弁明の機会を与えることは必須と考えられます。
懲戒となる行為を定めるには
では、実際に就業規則にどう書けばよいのかを確認していきます。
懲戒となる主な行為には何があるか
職員に懲戒処分を行わざるを得ない状況は、院長先生にとっては、どれもあまり体験したくないものばかりです。
しかし、どんな状況になったときにどんな処分が可能なのか、特に、懲戒解雇を行ってもよいのはどんな時なのかを把握しておくことは、院長先生にとって重要なことです。
懲戒の対象となる主な行為を理解しておきましょう。
①服務規程違反、就業規則違反
服務規定や就業規則など、クリニックの規定やルールに違反した場合は、当然に懲戒処分の対象となります。
処分内容は、違反の程度、回数に応じて決定すればよいでしょう。
ただし、違反内容とバランスがとれ、合理的な範囲の懲戒処分を行わなければなりません。
②勤務状態不良
無断欠勤、遅刻、早退、職場離脱などが該当します。
当初は注意・指導を行い、それでも改まらない場合は懲戒処分を課します。
さらに、1回の処分によっても改まらない場合は、処分を重くしていきます。
また、正当な理由なく無断欠勤が連続する場合、つまり、連絡もなくいきなり何日も出勤しなくなる場合は、初回でも懲戒解雇などの重い処分を課すことが可能です。
③不正行為
横領、取引先などからの収賄、職務上の地位を利用して私利を謀る行為などが該当します。これらはクリニックの秩序を大きく乱し、クリニックの財産を侵害する行為ですから、懲戒解雇など重い処分を課すことも可能です。
④刑罰法規違反
これは要するに、職員が犯罪行為におよんだ場合です。
就業時間中の行為であれば、当然、懲戒処分の対象とします。行為の内容によっては、懲戒解雇でもかまいません。
では、終業時間外に職員が犯罪に及んだ場合はどうなるでしょうか?
この場合、諸般の事情を総合的に判断して、クリニックの社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合には、懲戒処分が可能となります。
ちなみに、最近、電車内での痴漢事件について法的な対応の難しさがよく取り沙汰されまずが、痴漢に限らず、逮捕・拘留されただけでは有罪かどうかは確定しません。最終的に裁判で判決が確定するまでは、「容疑者」というだけです。
しかし、クリニックとしてはいつまでも処分保留の状態にしておくわけにもできません。現実に、容疑者とされた人は業務に就くことができず、復帰のメドも立たないわけです。また、痴漢などでマスコミに出たような場合、クリニックのイメージダウンにもなります。
したがって、クリニックにはこのような職員を雇用し続ける義務はありません。
実際の人事処分は、クリニックによってさまざまです。
- 逮捕・拘留された時点で懲戒解雇、または普通解雇とする
- 起訴された時点で懲戒解雇、または普通解雇とする
- 本人が罪を認め、客観的に見ても有罪が明らかな場合は懲戒解雇とする
また、以下のようにするのもよいかと思われます。
- 起訴の時点で普通解雇とする。ただし、本人が罪を認め、有罪が明らかな場合は懲戒解雇とする
- 裁判で有罪が確定した時点で、遡って懲戒解雇扱いにする
- 無罪の場合で、かつその時点でクリニックが復帰が適当と認めた場合は解雇を取り消す
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⑤経歴詐称
経歴詐称とは、学歴、職歴などの経歴を偽って入社することをいいます。
このような行為が懲戒処分の対象となるのは、経歴が採用にあたっての重要な判断材料であり、また、入社後の労働条件決定の基準ともなるためです。
さらに、経歴を詐称すること自体が、労使の信頼関係を傷つけ、クリニックの秩序を乱す行為といえますから、経歴詐称を懲戒解雇などの処分対象とすることは可能です。
ただし、いかなる詐称も処分の対象とすることには問題があり、次のような裁判例もあるので注意が必要です。
経歴詐称がなかったならば雇用契約が締結されなかったであろうという因果関係が、社会的に妥当と認められる程度に重大なときは、経歴詐称を理由とする解雇は適法であるというべきである(関西ペイント事件・東京地裁・昭和30年)
これも程度の問題ということです。
なお、経歴詐称には、高く詐称する場合だけでなく、低く詐称する場合も含まれます。
⑥業務上のミス
業務上のミスを1回犯したというだけで懲戒処分を課すのは、妥当ではありません。ただし、故意または重大な過失による場合は、懲戒処分とすることができます。
ミスが、業務命令違反などによるものであれば、その点を理由として懲戒処分を課します。
そのような場合でなければ、注意、叱責を繰り返し、それでも改まらない場合に懲戒処分を課します。
⑦業務命令違反、異動命令違反
前述のとおり、職員はクリニックの業務命令にしたがって労働を提供する義務を負うので、それに対する違反は懲戒処分の対象となります。
また、人事異動など、使用者が行使する人事権に違反した場合も、業務命令違反同様、懲戒処分の対象になります。
ただし、人事権の行使が権利の濫用に当たる場合は、懲戒処分も無効とされます。
法律上、懲戒できない場合もあります
懲戒に関しては、労働契約法で権利の濫用を禁じられているのはすでに述べたとおりです。しかし、それ以外にも、以下のようなケースでは懲戒を行わないよう法的規制がかけられています。内容をひととおり把握しておきましょう。
①労働基準法
労働基準法第104条には、次のとおり、労働者が同法違反について労働基準監督署に申告することができ、そのような労働者を保護することを定めています。
労働基準法第104条
事業場に、この法律(労働基準法)又はこの法律に基いて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる。
2 使用者は、前項の申告をしたことを理由として、労働者に対して解雇その他不利益な取り扱いをしてはならない。
つまり、労働者がクリニックの労働環境に不満を抱いて労働基準監督署へ駆け込んだとしても、それを理由に懲戒を行ってはならないということです。
公益通報者保護法
公益通報者保護法で、労働者が公益通報(公共の福祉となる通報)を行った場合に、使用者がその労働者を解雇したり、降格、減給、その他不利益な取り扱いをすることが禁止されています。
これは、いわゆる「内部通報者」を保護するための法律です。クリニック側の法律違反を公的機関などに通報されても、その職員を懲戒してはならないということです。
個別労働関係紛争解決促進法、男女雇用機会均等法、パートタイム労働法、育児・介護休業法
労働条件等をめぐるトラブルを裁判や労働審判以外の方法で解決する手段として、個別労働関係紛争解決促進法、男女雇用機会均等法、パートタイム労働法、育児・介護休業法それぞれに、紛争解決に関する制度が設けられています。
いったんトラブルが起こったら、職員はこれらの枠組みに基づく紛争の解決を申し出ることができます。
これに関して、クリニックは、職員がこれらの申し出をしたことを理由とする解雇、その他の不利益な取り扱いをすることが禁じられています。
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懲戒処分の種類と内容
就業規則に書いていない処分はできません
懲戒については、「懲戒を行う状況」と「懲戒処分の種類と内容」を就業規則に定めておかなければなりません。記載されている以外の処分は行えないため、さまざまなレベルの処分内容を定めておくとよいでしょう。
譴責
始末書を提出させて将来を戒める処分を指します。
懲戒のなかでは、最も軽い処分となります。
減給
賃金の一部を減額することです。
労働基準法第91条に、「減給の制裁をする場合、1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金総額の10分の1を超えてはならない」とする規定がありますので、これを超える減給を行うことはできません。
なお、減給とは、「業務を遂行したにもかかわらず賃金を減額する」ことを指します。
したがって、欠勤、遅刻、早退などに対応した賃金をカットすることは、ここでいう減給にはなりません(ただし、欠勤、遅刻、早退などに対応する額を超えて賃金をカットするのは減給になります)。
また、懲戒処分として出勤停止を行い、その結果として賃金が減ることも減給にはなりません。
出勤停止
一定期間出勤を禁止し、その間の賃金を支払わないことです。
では出勤停止の期間は、どの程度までなら可能なのでしょうか?
この点に関する法的規制はありませんが、あまり長期にわたると、権利の濫用として無効とされる可能性が高くなります。
長期に出勤停止となるような重い非違行為があった場合は、降格や解雇(諭旨解雇、懲戒解雇)など別の処分を検討する方が適切です。
降格、降職
職能資格など、クリニックの格付け制度としての資格(または等級)を下げることを降格、また、役職ポストを解く、あるいはポストを下げることを降職といいます。降格に降職が伴うこともあります。
諭旨解雇、懲戒解雇
どちらもいわゆる「クビ」ですが、諭旨解雇と懲戒解雇では処分の重さが異なります。
懲戒解雇は、懲戒処分のなかで最も重い処分です。
これに対して、本来であれば懲戒解雇に該当するが、長年の功労などの情状を酌量して、1段階軽くしたのが諭旨解雇です。
実務では、退職願を提出すれば諭旨解雇扱いとし、それを拒否する場合は懲戒解雇扱いにするという例もあります。
諭旨解雇と懲戒解雇の違いで、一般的なのは退職金の扱いです。
諭旨解雇の場合は退職金を支給し、懲戒解雇の場合は支給しない(または一部不支給)という方法です。
懲戒解雇で退職金を不支給、または減額する場合は、就業規則(退職金規程)にその旨の定めがなくてはなりません。
退職金はクリニックが払うかどうか決めるものですが、就業規則にいったん払うと定めた以上、職員が退職または解雇となった時には、クリニックには支払い義務が発生します。
それを不支給、または減額する以上は、同じ就業規則上に、払わないとするためのしかるべき根拠がなくてはなりません。
また、法律的に、たとえ就業規則上の根拠があっても、懲戒解雇事由が長年の功労を抹消、または減殺するほどに信義に反するものである場合に初めて、退職金の不支給、または減額が許されるというのが通説です。
懲戒解雇であっても、退職金の扱いについては、専門家に相談するなどして慎重に対応する必要があります。
なお、懲戒解雇であっても、労働基準監督署長の「解雇予告除外認定」を受けていなければ、労働基準法にもとづく解雇予告、または解雇予告手当の支払いが必要です。
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